【体験談】ホテルマンから30代で転職した男性

今回の転職体験談は、30代でホテルマンから転職することになったYさんの体験談。

Yさんの30代で転職することになった時のプロフィールは、

観光地のホテルで10年間勤めていて、マイホームの35年ローンを組んでいて妻と娘さんがいる状況で転職をすることに。

ホテルで働き続けると思っていたYさんは、勤務先の観光地のホテル近くで家を買ったのですが、いざ転職するとなった時に観光地であるため転職先を探すことがなかなか難しく…

 

私の簡単なプロフィールの紹介

まず私の簡単な自己紹介をさせていただくと、和歌山県の観光地として知られている白浜に住んでいる現在51歳の男性で、現在は白浜にて、実母、妻、長女の3人で暮らしています。

今は和歌山に住んでいるのですが、出身はもともと東京です。大学の時に大阪に出て来たのですが、こうやって振り返ってみると結構転々としていますね(笑)もしかしたら父親からの遺伝のようなものがあるのかもしれません。

ちなみに父親は、米どころ新潟の出身。その後東京に出てきて、和菓子屋を営んで家庭を設けていました。

私は大阪の大学を卒業後、東京戻って広告代理店に就職をしたのですが、その後以前から興味があった新聞社に入社しました。新聞社に入社したものの人間関係が原因で1年間で退社することに。大学を出たばかりで正直なところ、この頃は世の中のことを甘く見ていた部分がありましたね。

新聞社を退社してしばらくブラブラとして、その後全国展開するホテルに就職し、和歌山県の白浜に赴任する事となりました。

約10年間勤めたホテルも、外資に経営が変わって、経営方針を巡り退職。
現在は、和歌山県にある梅を使った食品の加工会社で働いています。

 

転職する前にしていた仕事

先ほど簡単に書いたのですが、全国展開しているホテルの和歌山県にあるホテルで10年間勤めていました。入社した頃はお客様のチェックインや部屋案内などのフロント業務がメインで、3年目ぐらいからはホテル内で行われる催し物やシーズンごとのイベント、結婚式などを取り仕切る責任者のようなポジションでした。人員が少なかったので、時には結婚式やイベントの司会をするということもありましたね(笑

その後、接客業務をしている部下のマネジメントやレストランマネージャーなどの管理職的な仕事になり、ホテルマンとしての現場からは少し離れた仕事がメインになるのですが、もともと人と触れ合うということは好きだったので、マネジメントの仕事にも今まで以上にやりがいを感じて仕事をすることが出来ていました。

 

ホテルマンを転職しようと思ったきっかけや出来事

ホテルマンの仕事は業務のほとんどが人と接することなので、仕事の難しさを感じつつもお客様とのふれ合いや部下のモチベーションを上げるにはどうすればいいのか?などを手探りながらも楽しみながら業務に励んできましたが、私が勤めていたホテルの親会社が、ホテル事業の全てを外資系の金融会社に譲渡することに急に決まったのです。

自分の会社が譲渡されるなんて経験はもちろん初めてのことで、テレビのニュースで見たことぐらいしかなかったのですが、現場にいる人間には一切何の前触れもなく本当に急なことだったのでビックリしました。

ホテル事業の社長・副社長をはじめ、上層部はすべて外資系金融会社から雇われた人たちに入れ替わり、私が勤務していたホテルの支配人も交代となってしまったので、これまでの経営方針とは違ようになり、宿泊客へのサービス内容や担当する業務も今までとは変わってしまいました。

それまで、私たちが行っていた業務などにも見直しが入り、お客様に接客をする時に大切にしていた事が認められないことや、お客様のことよりも効率を求めるばかりを要求されることで悔しくて、つらい日々が続き、ある時部下の不手際による対応を巡り、私が上層部と衝突をしてしまい。それまで溜まってしまっていたガマンが限界を超えてしまって退職をすることに。

今にして思えば、本来の私ならばこんなことで上層部と衝突をするなんて…というような些細なことだったのですが、私自身が新しい環境に馴染むことができず前の無責任な親会社に腹が立っていたということもあり、イライラしていたんだと思います。

勢い余って退職したものの、その頃はすでに結婚をしていて子供もおり、35年ローンを組んだ家も建ててしまっていました。上司からは何度か「戻って来ないか?」と連絡をいただいたのですが、退職の道を選んだのです。

 

30代での転職活動の内容

ホテルを退職してからは、失業保険などのこともあって職業安定所を中心に転職活動を始めました。

民間の転職サイトにも登録して、情報を閲覧していましたが、和歌山県の中でも観光地ということもあって募集件数が少なく、私が求める条件にあった転職先を見つける事はできませんでした。

募集をしている案件で多かったのは和歌山は「みかん」と「梅」が全国的にも有名な産地なので、条件は良いとは言えなかったのですが、みかんや梅を扱っている企業の求人はよく目にしました。

3ヶ月ほど職業安定所と転職サイトに掲載されている案件を、毎日のように繰り返し見ていたのですが、なかなか自分が思う条件にあった転職先が見つからず、家を売って大阪か東京に戻って転職先を探すということも、ふと頭によぎりました。

妻とも話しをしていく中で、妻が出来る事なら、こののんびりとした環境で子供を育てたいということを聞かされ、和歌山県内で仕事を探す決心をしました。私もできることなら今住んでいるところを離れたくないというのはありました。

家のローンのこともあり、転職先を探すのには時間が限られており、仕事内容や給料面と通勤時間を考え自宅から約30分くらいかかる梅の加工をしている食品会社に転職することが決まりました。

後から採用になった理由を面接をしていただいた上司に聞いてみると、私と同じ30代で他にも4人ほど応募者の方が居たようなのですが、営業も出来るような人材を求めていたようで、ホテルマンをしていて接客業出身の私が選ばれたようでした。

 

ホテルマンから転職後はどうなったか。

梅を扱う仕事には収穫のこともあって繁忙期と閑散期がはっきりと分かれているのです。6月と11月が1年の中でも特に忙しく、面接の時にも忙しいとは前もって説明を受けてはいたのですが、6月と11月は残業が続いて勤務時間も長くなってしまうのです。

私が入社したのが5月の後半で、いきなり6月の繁忙期の忙しさを経験することになったのですが、ホテルに勤務していたときの倍ぐらい忙しく、最初はただただ日々の業務をこなすだけで精一杯でしたね。

地元でも梅を扱う仕事は3K業種と言われていてキツイことで有名なのですが、それでも現在も続けられているのは、上司や同僚も仕事のキツさを知っていたので、転職したばかりの私をちゃんとフォローしてくれていたからだと思います。今では仕事だけではなくプライベートでもお世話になっていて、この上司や同僚がいなかったら、また転職をしていたかもしれないなと思う程です。

ホテルマンから転職する時に気にしていた給料面はどうなったかと言うと、転職をして2年目ぐらいでなんとか妻がパートに出なくても私の給料だけで生活が出来るようにはなりました。ホテルマン時代と比べるとまだ給料は低いのですが、今の仕事にも満足をすることが出来ています。

転職する時は生活ができるかどうかで頭が一杯だったので、給料のことばかりを気にしていたのですが、今の仕事に転職が決まって改めて一緒に働いている人間関係の大切さに気付かされましたね。ホテルマンのときもそうだったのですが、給料や福利厚生というのも勿論大事なのですが、人間関係が良ければ少しくらいのキツイことなら乗り越えれると、実感しています。

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